2010年06月18日

書家の条件

先週後輩をいじめた時、

本気で勉強になったこと

・書家とは臨書(むかしの字を真似っこする)をできる人。
臨書をしていなければ、いくら墨と筆を持って字をかいても、それはパフォーマーというもの。書家ではない。


おおっ。
これは、わりと決定的。
臨書がひとつの、書道の大切な軸となっていて、なんか好きかってやってるようにしか見えない創作書道も、じつは、臨書をふまえてなければいけないわけで。

ってことで。

書道が左手書字者を書道界から閉め出している、という言質がとれたかんじですね。
これ、とても重要。

右手で書いた字を左手では臨書できませんものね。
「左手書字者、書道界に入ってくるな」
ってことで。

……うん。で。
書道界が左手書字者を閉め出してるってことにかんしてはねー。
しょうじき、どうでもいいです。
「好きにすれば? 勝手にやってろよ」
って。あ、私個人の感想です。
私は毛筆芸術書道にまったく興味も関心もないので、閉め出されても痛くもかゆくもないわけで。
毛筆書道に興味・関心のある左手書字者にはこの書道界の心ないしうちをつらいと感じるひとがいるかもしれませんが。
すんません。それにかんしては、まったくどうでもいいです。
そっち方面にかんして、なんにも思うことはありませんし、それに関して批判とか、やるつもりないんで、それは、やりたい人がやってください。

私が書道に関して、ひっかかる点は、ここだけ。

教育の場において

・毛筆が、義務教育で全員必修の項目となってる。
・誰にとっても不合理な筆順を押しつけている

ここですねー。これだけどうにかしてくれたら、べつに書道は勝手にやっていればいいとおもいます。
だから、学校帰りにかようお習字教室とか、放課後の書道クラブとかは、どうでもいいです。

というわけで、
書道自体は、滅びる必要はなく、
私に迷惑のかからない場所であれば、いくらでも好き放題やっていいんですけどね。

つまり

書道が、左手書字者をしめだしているのが問題なのではなく、

左手書字者をしめださないとやっていられないようなものが、義務教育の必修科目となっているのが問題なんです。

とはおもうけど。
まあ、もう後戻りできないんだろうなあ。
書道教育。
posted by なかのまき at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 書道教育