2012年03月31日

日本人の生活と宗教(日本語教育編)

『上級へのとびら 中級日本語を教える教師の手引き』(くろしお出版・2011)

という読み物があります。

82ページより。

この読み物の目的
日本の宗教的慣習や年中行事、日本人の宗教に対する考え方を理解する、



日本ではなぜこのように色々な宗教が共に存在することが出来るのだろうか。これは、日本では昔から海や山や木や石など、周りの色々な物や場所に神様がいると考えられてきた。(略)
 このように、神道は自然や場所、物など、あらゆるところに神様が存在するという日本人の宗教的意識を作ったと考えられる。だから、外国から他の宗教や新しい神様がはいってきても、自然に受け入れられたのかもしれない。そして、神道が人々の生活の中で生き続けてきたように、仏教やキリスト教の行事なども、日本人の生活の一部になっているのだ。(83p)


神道が、他の宗教を自然に受け入れるための……え? なんだって?

新説! これが真実だ!

廃仏毀釈は なかった!


とまあ。冗談はさておき。


宗教についてのある調査で、「あなたは何か宗教を熱心に信じていますか?」という質問に「はい」と答えた人は、日本国民全体の9%だけだったらしい。それでは、91%の人は宗教を全然信じていないと答えるだろうか。実は、日本人は宗教を強く信じているという意識はなくても、毎日の生活のなかでお参りしたり祈ったり祝ったりするなど、宗教的慣習や行事を大切にしている。そして、そんな人々の生活が、神様や仏様が一緒に存在できる社会を作っていると言えるのではないだろうか。(83p)


ああ。そうですね。
除夜の鐘をついてその足で初詣にいき、七五三をいわいクリスマスをいわい教会で結婚式をあげ仏式の墓にはいるという日本人は、多いのでしょう。

で、のこりの9%の人はどんな宗教生活をおくっているんですか? ってことにはぜんぜんふれずに、
「日本人の宗教に対する考え方を理解」なんかできないでしょう。ふれてないんですね。この本。
のこりの9%は日本人じゃないんですか?
キリスト教や仏教や神道由来の行事が「生活の一部」になってない人もいるでしょう。

「神道が人々の生活の中で生き続けてきたように、仏教やキリスト教の行事なども、日本人の生活の一部になっているのだ。」

って、9%のひとを無視したかきかたをして「日本人の」っていえてしまう、信仰をもっているひとを特殊な例として排除して、いっさいふれないかきかたに、不信感をかんじます。

こうやって「日本人の」ってまるで日本人を一枚の均質なプラスティック板みたいに加工するの、やめてもらえませんかね。「いや、信仰をもってるひともいるでしょう?」っていうのに、「それは特殊な例」って排除していくかきかた。

あと、この宗教っていうテーマなんだったら、
じっさい、私が体験したこととして、留学生のひとに
「日本て政教分離ですよね? 公明党ってなんですか?」
ってきかれること、なんかいかありましたので、そのへんの解説いれてくれたら、じっさいてきに、たすかったんですけど。
わたしは、よくわからなくてこたえられなかったんで。
どうなんですか。そのへん。


posted by なかのまき at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記