2009年12月17日

せんせいという人のせいにしていいのか

先の記事で、

出来上がった半紙を見せにいって「ぷっ。ほんとにまじめにかいたの?」と鼻先で笑われて教師への不信感を抱いたり。


というようなことをかいて、

書道やってる先生にはこんなに汚い心の持ち主がいるんだよ!
だから書道はだめなんだ!
みたいな悪質な印象操作をしてしまったような記事になってしまっております。
思わず本心から筆をすべらせt……なんでもありません。

え、ええと。

生徒の持ってきた学習成果を、「ぷっ」とか笑う先生は、だめです。
先生は、というより人としてだめです。
が、これは書道かどうかには関係ありません。


「せんそおで かわいそおな ぞおは ころされて しまいました。 おもしろかったです。 おわり」

みたいな読書感想文をよんで
「ぷっ。本当にまじめにかいたの?」
と笑う国語教師がいても。
まあ、いてはいけませんが。
いないということは証明できません。
同様に、「ぷっ」とわらう、算数や理科の先生もいないということはできません。
書道にかぎったことでない。

これは先生の個人のだめさ加減です。
この先生のだめさを言うことで、「だから書道はだめなんだ」っていっちゃいけないでしょう。


学習指導要領に「毛筆」の項があり、
現状の「毛筆」が左手書字者の都合を無視している

ということと、

書道の時間に「ぷっ」と笑われた

ことは、区別してかんがえる方がいいでしょう。
もし、辛抱強くて誠実な書道の先生につきっきりで
「うん、がんばって!ここの線はなかなかいいね。
 そう、努力が大切だ、きっと上手になるよ」
とかいわれながら的確な指導をうけたとして。
私の書道にたいするいやな感情はなかったかというと。
きっとあったでしょう。
「いくら努力してもちっともうまくなんない。書道なんかきらい」
って。
で、そもそも誠実な先生であれば、
「左手で字をかくなら毛筆やらなくていいよ。意味ないし」
っていうのが、まっとうな誠実さでしょう。
そして、的確な指導とはこのことです。
「やってもムダだよ」っていうこと。
そうであるかぎり、
これは、先生の問題ではなく。明らかに書写書道という教科の問題です。


なにがいいたいかというと、
「先生がわるい」という個人攻撃ではどうしようもなくて
「(学校システムに食い込んでくる)書道がわるい。毛筆がわるい」
って、ちゃんといいたいです。

「それは運悪く悪い先生に当たっちゃったんだねー、
それは先生が悪かった!書道はわるくない!」
とかいわれたらたまらないからです。
だめな先生がいることとは別件で、書道が悪いんです。


あ、あと。
「書道ほろびろ」とはおもいません。
趣味でやればいいじゃないですか。
学校教育から(右手縦書き)書道、とくに毛筆が撤退してくだされば。
あとはお仲間同士できゃっきゃうふふ、とたのしんでいればいいとおもいます。
(この件についてはまたあとでいつかおもしろおかしく記事にします)
posted by なかのまき at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 書道教育
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