2010年01月16日

だって字と性格には一定の関係があるじゃない? 実生活につかえるかどうかはともかく。

前回の記事で、


文字と人格との関係は、正直どうでもいいのですが、


って書いたのですが、この意味がわかりにくいと思うので説明します。

「だって、きっちりした字を書く人は几帳面とか、雑な字を書く人はだらしないとか、そういう傾向ってあるじゃない。だから、筆跡学って、信じていいと思うんだけど」

ってね。


たとえ話します。

「今年は年間を通して降水量の少ない傾向にある」

っていう情報をもとに、
「よし、今日は傘を持っていかない」
とかいってるひとがいたら、正気にもどれ、というでしょう。
年間を通して降水量がすくないということは、今日雨が降らないということを保証しないのです。

たとえ、「年間をとおして降水量がすくない」という情報が権威ある機関から発表された信頼できるものであったとしても。
「いやいや、その情報はつかえないから!」
としかいえませんね。
「え? なんで? ●●研究所が発表した情報だし、ただしいでしょ? 今年は降水量が少ない傾向にあるんだから、今日は晴れるよね?」
「いや、この際情報がただしいとかただしくないとか関係ないから!見るなら、今日の天気予報をみて、それから自分で空をみなさい!」

ってなもんです。
情報が正しい正しくない以前に、情報の使い方がトンチンカンなんです。

たとえば、

下駄を放り投げて占った結果、今年は雨が少ないという占いの結果が出た

という情報があったとして。
「今年は雨が少ないという占いが出たから、今日は傘をもっていかない」
とか言ってる人がいたとして、「正気にもどれ」って言いますね。

「でも、木は湿度に影響されやすいし、そういうこともあるかもしれないじゃない」
とか、もっともらしいこと言われたって、
「いや、占いが正しいとか正しくないとかそういうことをいってるわけじゃない。正気にもどれ」
で解決でしょう。
「今年は雨が少ないという占い結果」は「今日雨が降るか振らないか」という判断にはまったく使えないんです。

じゃあ、
「××研究所のデータによると、今年の降水量は少ない。だから今日は傘をもっていかない」
って人と、
「下駄で占った結果、今年は雨が少ない。だから今日は傘をもっていかない」
って人。

どっちがより正しいでしょうか。
どっちもダメでしょう。

まあ、研究所のデータを利用した人の方が、年間を通してみたら濡れる頻度は少ないでしょうが。
そういう問題じゃないよね。
「どっちもだめです。天気予報を使いなさい。自分で空のもようも見たらもっといいでしょう」
ですね。

だから、データの信憑性はどーでもいいんです。

文字と人格との関係は、正直どうでもいいのですが、


はそういう意味です。

文字と人格になんらかの関係があったとして。
「関係があるという意味」の取り扱い方がまずいからだめなんです。

文字と人格との間に、関係があってもなくても、筆跡学はだめです。
「文字と性格の関係にある程度の傾向がある」と、「その人の性格は字をみればわかる」は、とおくとおく隔たっているわけですから。

「だらしない字を書く人は性格が悪いという傾向がある。だから、このだらしない字を書くこの人は、性格が悪い」

は、だめです。ぜんぜんだめです。


その人の性格を理解したいなら、字を観察してるひまに、目の前のその人をみなさいよ。

ってことです。


posted by なかのまき at 15:20| Comment(1) | TrackBack(0) | ニセ科学;筆跡学
この記事へのコメント
いいこと言いますね。
とてもいい例え話だと思います。
Posted by at 2012年04月03日 00:14
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