2010年02月16日

筆順と日本語教育の蜜月

この記事は
2010年02月10日
それは、私の問題ではなくあなたの課題だ(1)〜(3)
これは聖戦である。我々はこの階級社会に抗議する。

以上の記事をを受けて書きます。

「正しい筆順がある」という思い込みは間違い。
っていうのは、正しいんです。
これは、大学の先生が中学の先生よりえらいことからわかります。
で、説得される方もいるかもしれないけど。
いや、そんなん私はわかんないので、ちゃんと説得力のある文章で。

松本仁志・広大フォーラム・広大フォーラム29期2号
「正しい筆順」は幻想である
http://home.hiroshima-u.ac.jp/forum/29-2/hitujyun.html

もしよろしければ、

松本仁志(1998)「筆順史研究の構想」『広島大学学校教育学部紀要(2部)』pp.1-9

こちらもあわせてどうぞ。
いま「正しい」とされている筆順が、どういう根拠によるものなのか、詳細に分析されています。

縦書き中心の書字生活から横書き中心の書字生活へと移行した現代は、まさに筆順の<揺れ>の時代である。右利き縦書きの中で変遷してきた漢字・仮名は、当然筆順も右利き縦書きに沿ったあり方を取る。それが横書きに移行したことによって、筆順の機能的要素(後述)のバランスが変化し<揺れ>を生じているのである。
今日の規範的筆順は、縦書き向けのものであり、縦書きという書式の中では書きにくいということは当然起きているはずである。(p4)


日本語教育のなかでは、「筆順指導の手びき」が規範的筆順になっていることは
石田敏子『入門書き方の指導法』(アルク・2007)
であきらかになってます。
が、
日本語教育のなかでは横書きが原則のはず。
縦書き向けのものである「筆順指導の手びき」を規範的筆順とすることに私は、疑問を感じます。

で、もういっこ、ウェブページの紹介です。
あべやすし氏が筆順についてかいてます。


漢字の筆順をめぐって―学校教育を批判する

http://www.geocities.jp/hituzinosanpo/hituzyun.html


 なかの まきは、日本語教育の現場でも、筆順の規範が当然視されている現状をあきらかにしている(なかの2008:70-72)。日本語教育は、国語教育にくらべれば、まだしも日本語学の研究成果がいかされている空間であるといえるだろう。その日本語教育の領域においても、筆順の規範がいきのこっているのだ。教育実践においては、漢字研究の常識が、ほとんど活用されていないことをしめしているといえよう。


下線は私がつけました。
あべさんは、「筆順の規範がいきのこっている」とかいてますが、
CiNiiで「筆順」というキーワードで調べたかんじで、ものすっごく印象でしゃべっていてもうしわけないですが。


規範的な筆順教授法に関する研究がはなやかなのは、書道教育よりむしろ日本語教育だと、私は考えてます。

書道教育の世界では、松本氏の論文のように、現行の筆順の妥当性を再検討する研究がちゃんと行われていて、

そういう書道教育の研究成果を無視して、「筆順指導の手びき」を「正しいもの」として、それを学習者に押しつけようとするような日本語教育の研究が、いま、わりと書かれています。

私の印象はこんなかんじです。

日本語教育は「筆順指導の手びき」にふっかつの呪文をとなえた。
なんと! 「筆順指導の手びき」はゾンビとなっていきかえった!

posted by なかのまき at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 書道教育
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