2010年02月19日

書道教育史・戦前

論文紹介です

明治大正期〜戦前の書道教育について
樋口咲子(1998)「教授理念の授業への関わり方に関する考察 「書キ方」期から芸能科習字への変遷を追って」『書写書道教育研究』12 pp.1-9

1.研究の目的と方法
毛筆による書字教育の理念は、時代によって実用面・芸術面・精神面の比重が変化している。「書キ方」気に目を向けてみると、同一法令化の下で行われた40年あまりの間、いくつかの異なった教授理念が存在していた。今日の「書写」においても、学習指導要領に実用面がはっきり打ち出されていながらも、一方で芸術面・精神面を重視したお習字的授業が少なからず展開されているという。このことは、同一法令の下で異なった教育理念によって授業が展開された「書キ方」期とよく似た状況を呈している。(1p)


ということで、やっぱり、書道教育は実用面・芸術面・精神面の三本柱なわけですね。

「書キ方」期とは、この論文によると、明治33年〜昭和16年だそうです。
それ以前は、書道は独立教科だったそうです。
で、明治33年に国語科に統一されます。で、昭和16年の国民学校令によって芸能科習字としてふたたび独立教科になります。
で、この明治33年「小学校令施行規則」を拠り所とした教授法の参考書の、おもなものを樋口氏は一覧表にして分析し、「おおまかに捉えると初期のものは実用中心であり、徐々に芸術的な捉え方がされていくという見方ができる」と述べています。
樋口氏は実用面から芸術面へと関心が移っていった理由として、以下の3点をあげています。

(1)書道の興隆
 揚守敬によりもたらされた古碑法帖による書道研究が進み、平安時代の再来といわれるほど書道が社会一般で盛んになった。(略)

(2)民族的覚醒
 大正期の中頃から、「欧米崇拝の迷夢より離脱せよの主張はあったが、民族精神の振興は、昭和6年の満州事変、昭和10年の国際連盟脱退を機に勢いを増した。国家観念の昂揚は日本精神の推奨、日本文化尊重の機運を起こし、書道も重視され、精神修養の声の下に書き方教授が推奨されるようになってきた。毛筆による書き方が「錬成」という戦時教育に都合が良かったのである。

(3)実用主義の書き方による国民書写力の低下
 実用主義の下に行われた教育の結果として、国民の書写力が低下したことに反省が加えられ、書き方教育に力をいれるべきだという声が高まった。ただし、この捉え方は芸術的立場を強調した教授法書の主張であって、これ以前にも低迷した書き方教授の実情が述べられている。この原因は、主義の如何の問題ではなく、教師の取り組み方にあったことが当時指摘されている。「書キ方」の時間は教師の休息時間であり、他教科の教材研究や作文の添削指導に当てられていたという記述は多い。
(p.4)


(2)と(3)が大切ですね。特に(2)は、これは書道教育に関わる人は知っておいた方がいいことでしょうね。
あと、(3)は次に加瀬琴已(2002)「戦後の教育課程における毛筆の位置付け」『書写書道教育研究』16 pp.11-21こちらの論文を紹介しますが、この論文とリンクしてきますので、覚えておいてください。


大正・昭和初期の硬筆書き方教授では、児童の日々の学習活動に役立つように、鉛筆書き方を第一・二学年で行っていた。また、低学年で毛筆書き方を行わない場合と第一学年から行った場合とでは、卒業時の毛筆成績が変わらないという実践研究にもとづき低学年の毛筆書き方を廃止していた。ところが、次第に毛筆によらなければ書の本質は学べない、硬筆は指導しなくても自然に上達するといった、児童の発達段階を無視した意見が主流になっていく。(p.5)


これは、現代においても言えるでしょう。書道の人は毛筆だけが大切で、毛筆芸術書道をまもるためなら、こどもの都合、とくに左手書字を行うこどもを犠牲にすることに、まったくためらいがないよんですね。
さいごに、一カ所、引用してこの論文は終わり。



硬筆書き方と毛筆書き方の授業の実情に関しては、たとえば、東京高等師範学校附属小学校の芸能科習字と国民科国語書き方についての次のような捉え方に見ることができる。
 「(略)芸能科習字は主として毛筆により美しい字を書くことによつて国民的情操の醇化を目指す芸術的教科目であるに対し、国語書き方は主として硬筆により正しい字を書くことによつて『国民生活ニ必須ナル普通ノ知識技能ヲ体得」させる実用的教科目であるといへるであらう。」(p.5)


「」内の出典は東京高等師範学校附属小学校初等教育研究会『国民学校の基礎的研究』(昭和15年9月・培風館)
ということです。
「国民的情操の醇化」とか。見覚えがありすぎて困る。


つけたし。
論文中に樋口氏が示した一覧表がひじょうに面白く。
この表だけでどんぶりめしが八杯くらいいけます。

たとえば、昭和7年8月刊辻本史邑『習字教育の根本的革新』から、
「第三章 習字教育の危機を産める原因の根本的誤謬 第一 欧州教育の輸入 第二 実用偏重主義の誤謬 第三 ペン習字論毛筆廃止論の誤謬 第四 書学の本質的系統を貴重とせざる習字教育は教育的価値無し」



パソコンのせいでもなんでもなく、昭和7年ですでに、書道教育の人たちは書道に危機感をおぼえていたわけですね。
書道やってるひととか、書道で食ってる人が「書道は滅びるかも」とか心配するのは、なんでだろうと疑問だったんですけど。お家芸なんですね。ペン習字がでたり、PCがでたり。いつも外から脅かされていて、書道は、ずーっとずーっと、滅びるかもって不安を持っていて、その不安のために左手書字者を踏みつけたまま、「芸術」とか「伝統」とか「書の本質」とか。そういう色のライナスの毛布にしがみついていたんだ。ずーっとずーっと。

posted by なかのまき at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 書道教育
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