2010年02月20日

書道教育史・戦後

加瀬琴已(2002)「戦後の教育課程における毛筆の位置付け」『書写書道教育研究』16 pp.11-21


この論文は、前回の記事の樋口氏の論文といっしょに読むと面白い。
いや、単独でもとても面白いのですが。

国民学校令で独立した芸術教科だった毛筆書道は、戦後になって廃止されます。

それによって昭和30年代に、「書写力の低下」がおこったという声が上がります。
「書写力の低下」の根拠とされたのが、「筆順の乱れ」です。
以下は1955年1月教育技術連盟から出された「教育技術」の記事。
加瀬氏の論文からの孫引きです。


「(野瀬)たとえば父兄から子どもが文字を書くのに筆順を知らないという非難があるわけです。(略)(荒)「実際そうだと思いますね。やはり、筆順などは現在目立ってひどいわけですが、そういう点もある程度カバーしようということで習字なども努めてやっているのですが、やはり習字などがないと、筆順というものは相当おろそかになるんじゃないかと思いますね。」(p.11)



(野瀬)っていうのは教育技術連盟理事長。(荒)っていうのは東京都下谷中学校教諭荒正弘氏。

これをうけて、加瀬氏は


ここでは、基礎学力の低下について筆順の問題があげられており、それには習字によりカバーされうると述べられている。(p.11)


と指摘しています。


「筆順の乱れ=書写力の低下」を錦の御旗にして。
「筆順が乱れたから毛筆書道がひつようなんだ!」
っていう声がたかくなっていって。

昭和43年の学習指導要領で。毛筆書道は、
第3学年以上「各学年それぞれ年間20時間」の必修になります。

この昭和43年前後。
全書研という毛筆書道必修化に関する運動をしていた団体の、理事長クラスの人間が大会で発言したことばを、加瀬氏が紹介しているのですが。
このときの書道関係者の興奮っぷりが、とてもよくわかって。
ふつうにきもちわるい。


「長いこと、いためつけられ、ふみつけられ棘の道を歩いた書写書道は時期決定にどのように対決するか。(上条周一・昭和39)


「今や書道教育の運命を決する重大な時局に直面することになった。(上条信山・昭和40)

「われわれが長いこと努力し、忍耐し、研究し、かつ待望して来た書写書道の位置付けの機会がいよいよ寸前に迫った。(上条周一・昭和41)

「戦後二十年来、国民の悲願でありました小学校毛筆習字の必修復活の願いが叶えられることになりました。」(上条周一・昭和42)

「この間にあって各関係各位は各その立場から毛筆習字復活に協力、その結集によって今日を迎え得たのであると思う。まことに感激慶賀に耐えないところである。」(上条周一・昭和43)



……さて。
どーでもいいけど上条周一昭和42年の「国民の悲願」て。
すごいなあ。国民か。

ほんとうに、毛筆の必修化は「国民の悲願」だったのか。


加瀬氏は、この書道教育側の舞い上がり方と、ちょうどこの時の、国語科教師の不機嫌っぷりを対比させています。

「今回、毛筆書写は三年生から必修ということになった。美術家ならばともかくも、国語科では、時代への逆行もはなはだしいといってよかろう。」(弥吉菅一・昭和43)
と、このようにけっこう、国語科の先生は書道の必修化を歓迎していなかったようです。
えっと、加瀬氏の論文からはなれますが、

この時、左手利きも反対していた。
大路直哉『見えざる左手』(三五館・1998)によると、
「「習字の正課に反対する署名運動」が左利き友の会から派生していた」(p.85)そうです。

ほんとうに、毛筆の必修化は「国民の悲願」だったのか。

左手利きと、国語科教師が日本国民でなかったのでなければ。

毛筆書道の必修化は、「国民の悲願」でもなんでもなく、「筆順の乱れ=書写力の低下」を根拠に不安をあおった、全書研という書道の人の運動によるものだった。

ところで、筆順の「乱れ」は。
小学校教育で毛筆教育をやらなかったことより。
戦後の左横書きの普及に関係があるでしょうねえ。
先に紹介した松本仁志氏の論文でもわかるように。
横書きしたら、筆順は変化して当然なのです。

その当然の動きを、「乱れ」「書写力の低下」とさわぎたてて、毛筆書道必修化に踏み切った。
それがやり口です。

「正しい筆順」が、「書写力」のよりどころとして使われた、っていう。これは、覚えておいた方がいいでしょう。
そこから、「正しい筆順」をどれだけ知っているかは、「書写力」だけでなく「学習習熟度」や「教養度」「国語力」まではかる尺度になってしまっていくんです。
これについては、次に、もう一本論文を紹介します。

次回予告。
これまで、書道教育・日本語教育についての筆順のあつかいのすごいところをみてきました。

と、ゆーわけで次は日本語学・国語学です。
だいぶここの人たちも、筆順についてあやしげなことを言ってます。

お楽しみに。
posted by なかのまき at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 書道教育
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