2010年02月24日

楽しい話題で書きたいとは思うんですけどねえ

なんか、なんだか自分がなにやってんだかわかんなくなったので。

筆順については考えるのは、ちょっと休みます。
まだまだ書きたいことはいろいろあるんだけど。

なんか、『書写書道教育』っていう雑誌を読んで「教育実習生に”正しい”筆順をたたきこみましょう」みたいな論文を探し当てては、あまりにも現実が辛すぎて、生きるのが辛くなります。
あああ、その教生がいちにんまえの先生になったとき、教室には左利きの学習者がいるんだよ。
おねがい、「先生」って呼ばれるための訓練してるひとに、へんな洗脳をしないで……

「正しい筆順が、左手書字者にとってただのいじめだってのは、書道教育の関係者はしってるはずなのに。しってるのに……なんで教生にそんなことを……」
とか考えると。
生きるのが、辛くなるので。

生きるのが辛くならないことを考えよう。

そういえば、
最近考えてるんですが、というか、なんか、前の名古屋の勉強会おわったあとの宿で話題になったのでやたらと覚えてるのですが、

大学の教員免許の取得課程がだいぶ変なことになってるんじゃないか、みたいなことを。
これから先生になるひとが、ほんとうに知っていなければいけないことを、知らないままに先生になっちゃってるんじゃないか、と。


そういえば、私、一番最初にこれ、おお、まずいぞ。
って思ったのは。

私の大学院生時代に、同期の人がけっこう、高校の非常勤講師のバイトしてるひとは、けっこう多かったのですが。
ある日、同期の人が、


「私、高校生がうるさいと、『高校は義務教育じゃないんだから、授業ききたくなかったら教室出ていっていいんだよ』っていってるよ〜」

って、いわれたとき。
えっ……これ、おかしくないか。
義務教育の義務を、「こどもが、教室にすわっていなければいけない義務」とかんちがいしてない?
って。おもったんだけど。
義務教育の「義務」って、ここにいる大人全員の義務ですよね。

こどもには、「学ぶ権利」があるだけだよね。で、その権利は、小学生も中学生も高校生も、そんな変わらないですよね。


だいたい、教師っていう仕事やってるひとが、「教室でていっていい」とか、言っていいの?
なんで、「義務教育じゃないから」を根拠に、教室を出ていく許可を与える権限があるの。
義務教育中の小学生だって、その教室にしばりつけておくことが義務じゃないし(その教室にすわっていることがどうしてもいやだったら、そこから逃げ出す道も、ぜったいに必要だと思います)、義務教育じゃない高校生でも、大人の側が、この授業をうけないことでどんな不利益をこうむるか説明一切しないで「出ていっていい」とか許可を与えることにまったく意味はないでしょ。

「児童の権利に関する条約」には、
第28条に、以下のようにあります。
外務省のサイトから。
「児童の権利に関する条約」全文


1 締約国は、教育についての児童の権利を認めるものとし、この権利を漸進的にかつ機会の平等を基礎として達成するため、特に、


(a) 初等教育を義務的なものとし、すべての者に対して無償のものとする。
(b) 種々の形態の中等教育(一般教育及び職業教育を含む。)の発展を奨励し、すべての児童に対し、これらの中等教育が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられるものとし、例えば、無償教育の導入、必要な場合における財政的援助の提供のような適当な措置をとる。
(c) すべての適当な方法により、能力に応じ、すべての者に対して高等教育を利用する機会が与えられるものとする。
(d) すべての児童に対し、教育及び職業に関する情報及び指導が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられるものとする。
(e) 定期的な登校及び中途退学率の減少を奨励するための措置をとる。



ここ読めば、どうかんがえたって高校生に、「もう義務教育じゃないんだから教室から出ていっていいんだよ」とかいえるわけないじゃないですか。

これ、教員免許とる人にはだいぶ基本となる文章じゃないんですかね。

いやっ、私は教員免許もってないし、「児童の権利条約」は、最近までよんだことありませんでした。というか、「もう義務教育じゃないんだから教室から出ていっていいんだよ」発言で、「え?」とおもってあわててよんだんですが。

いや、でも。
「高校生は義務教育じゃないから〜」が、へん、だと思って。それはそれこそ、小学校の社会の時間にならいましたよね。
義務教育の義務は、「こどもに教育を受けさせる」義務です。
その知識さえあれば、「もう義務教育じゃないんだから教室から出ていっていいんだよ」がおかしいと、直感的にわかるはず。

そこがどう転んで、「もう義務教育じゃないんだから教室から出ていっていいんだよ」になるんだろう。

しかも、私の大学院の同期だから、それいったひと。専修免許もってんだよね。

「義務教育」の意味もわかってないひとが専修免許。


これは、あのひとが「特殊」だった……のかなあ。

あと、これはまた別の人なんですけど、しかも、私の大学の人じゃないんですけど。
「移民の子どもが教育うけられないのは仕方ない。親がそれをリスクとして承知して自国捨てて移ってきたんだから」
っていってたひとがいた。
だから、そういうこどもは日本で教育をうけられなくてもしかたないんだって。

親と子は別人格だよねえ。というか……教育はこどもの基本権利……いやそんなことより……こんな人に教員免許わたしてほしくてなかったなあ。

こういう、人権教育が、だいぶ、ダメなんじゃないだろうか。
大学の教員免許取得課程。
いや、大学にもよるんでしょうが。こういうことを、ちゃんと知らなくても免許が取れる大学があるって、それだけでけっこう問題だとおもう。

学校教育の現場も大変らしいけど。
その養成課程も、だいぶ問題あるのではないでしょうか。
といっても私は教員免許とってないから、ぜんぶ憶測でものいってますので、まちがってたらしかってください。
上の2例が、とても特殊な例かもしれない。

なんか、こういうの考えると。私も。教員免許とっておけばよかったなあ。左手利きは教育実習の時に(おもに筆順の関係で)いじめられると思ってたから取ってなかったんですけど。
食わず嫌いはよくなかったですね。食って嫌えばよかった。
いろいろネタにはなっただろーな。
posted by なかのまき at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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