2010年03月17日

右脳とか左脳とか

『ハインズ博士「超科学」をきる 真の科学とニセの科学をわけるもの』(井山弘幸訳、科学同人、1996)



右脳・左脳相違説(pp.367-373)

人間の頭脳の二つの半球には機能の違いがあるという事実は、今や大衆文化の一部に吸収されていて、自動車の宣伝に現れたりするほどである。一般の見解では、右脳と左脳の動きの相違はかなり大きいとされている。左脳は合理的で、科学的な思考を制御しており、右脳は芸術・創造性や直感が宿る場所となっている。(略)
脳の両半球に焦点をあてた研究は以前からたくさんあって、代表的なものにガザニガとルドゥー、スプリンガーとドイッチュ、ブライデンそしてヤングらの研究がある。これらの研究からわかったことは、一部の例外を除いて、左右半球の機能差は予想に反して小さいものである、という事実である。もちろん脳の機能という観点からは、理論的な関心は非常に大きいものなのだが、いわれたほどの違いはないということだ。巷の右脳・左脳相違説が立てている機能の厳密な分類(たとえば、芸術性は右脳にあって、左脳には芸術的才能が潜んでいないといった分類)すらも成立していないのである。



はい。ということで右脳・左脳はニセ科学でした。

ということをふまえて。

右脳・左脳について科学じゃなくて文系から考えてみる。

なんか、

「左利きは右脳人間だから芸術に優れているね」


っていうのは、
ちょっと前、ほんと、よく言われたんです。
脳関係のあやしい言説が飛び交っていた頃ね。

ハインズ博士がいうところの、
「左脳は合理的で、科学的な思考を制御しており、右脳は芸術・創造性や直感が宿る場所となっている。」

ですが。
そこからね、左脳型人間(論理・言語に強い)と右脳型人間(芸術にすぐれている)がある、みたいなね。いうひといますよね。


私は、じぶんでは、上の二分法で脳あそびをするなら、
右脳型だとおもうんですよ。あくまで遊びですよ。信じてはいません。が、まあ。どっちかときかれたら。
っていうか、そう考えないとやってられないですよね。
自分が右脳型人間だと思いながら大学院生やるのなんか、ただの拷問でしょ。
「私は合理的で科学的な思考をする左脳型人間ではなく、芸術にすぐれた右脳型人間だ」と思いながら研究するなんて。
まことに残念な人生ですよね。
いやだ、そんな生活耐えられないよ。

いや、まあ。そういう脳あそびを私はしないので。
私の人生はぜんぜんつらくありませんけど。


ただ、ほんとーに理解できないのは。

「あなたは左利きだから右脳人間ですね。芸術にすぐれてるんですね」

っていうひと。あれはねー。なんのためにいってるのかなあ。
わたしを怒らせるためにいってるとは思えないけど、(思いたくないけど)
ここ、私、怒っていいよ……ね?

大学院生のころ、研究会の合宿の日に、だしぬけに後輩にこれ言われて、私、後輩にむかってかみついてしまったことがあるんですよ。

「左利きだから右脳型ですね。芸術にすぐれてるんですよね〜」
「じゃ、私は言語にすぐれてないってこと!?論理的じゃないってこと!?」

近くにいた私の同期にいさめられて、私はだまったんですけど。
あれ、ほんとうによくなかった。私の学校ね。
先輩後輩に厳しいんです。

みんなでご飯たべにいって、後輩が
「先輩、ここすわりますか〜?」
とか言ってたのを、私の同期が、
「あいつ、私をあんな下座にすわれとか」
って、かげで私に愚痴ってきて。
ひー!ただ一緒にごはん食べにいくだけで下座とか言い出す同年代。すごくいや。

でね。そういうところで、私は感情的に後輩にかみついちゃいけなかった。先輩にさからっちゃいけない、っていう空気の中で後輩、ほんとうに怖かったよなあ。
と。とても反省してます。
でもね、こういう上下関係さあ。上の人にくちごたえできない、っていう害もあるけど。下の人と対等に議論できないんですよ。
こういう習慣は、大学っていう場所ではぜったいだめだとおもう。

まあ。それ以来反省して「あなたは右脳〜」とかいわれても、怒らないようにはしてるけど。
「え、じゃあ言語にすぐれてないってことですか」ってイヤミを言うくらいは……いいよね。
私も結構ひどいこといわれてるんだし。

うーんとね。

たとえば。

美大にいって。
右手で絵をかいてる人の傍によって、肩をポンとたたいて、

「右手利きは左脳人間、つまり論理や言語にすぐれているんですよね。芸術にすぐれているのは左利きの右脳人間なんですよ」

という。

私に「左利きは右脳型」とかいったひとは。
それをやるといいとおもう。
まあ、そんなわけのわからんことを突然いえば、なぐられても同情できないな。

あ、すみません。
まえおきが長すぎです。

本題いきます。


ところでさ。


左脳=理論・言語
右脳=芸術

ってことに、脳あそびしてるひとの中ではなってますけどさ。

理論・言語と芸術って、等価ですかね?


ナンシー関氏の
記憶スケッチアカデミー
っていうサイトがあります。
リンクはってあるのでぜひみてください。

ここには、普通の人々が記憶をたよりにかいた絵がのっています。

四本足のカマキリを書く50歳・女

とか。

7本足のニワトリをかく59歳・男

とか。

全身が真っ白で耳もないパンダをかく33歳・会社員

とか。

もちろん、面白いものを厳選しているにしたって。
絵なんかかけなくても、日常生活になんの支障もないんですよ。
カマキリの足の本数まちがえて書いたって、みんなまいにちはたらいて、元気に暮らしていけるんです。

いっぽう。
「怪我」を「かいが」とよんでたいへんなことになった人もいますよね。
いや、漢字を読める=言語力ではないですけど。ぜんぜん。
でもね、会社ではたらいていて書類つくるとき、カマキリの絵はかかされませんが。文字、文章は書かされるし。あるていどの論理的な能力は必要でしょ。
学校を卒業しちゃえば、字をほとんど書かなくても支障ないってひとはほとんどいないけど。
絵をかかなくても生きていかれる人って、たくさんたくさんいますよね。


言語や理論と絵(まあ、芸術)とをくらべて。
どっちが、ふつうのひとがふつうに生きる、
生活の上で重視されてるかっていうと。
言語・理論ですよ。

ぜんぜん等価じゃないでしょ。
言語と絵は。


はい。
それで。


右利き=マジョリティ=言語・理論
左利き=マイノリティ=芸術

あら?
これはただの偶然かしら?
それとも……?


いや、ね。

なんだっけー。
あの日本におけるニセ科学の代表選手、血液型性格診断のね。
「性格悪い担当」をB型が引き受けてるのはね、日本にB型の数が少ないからだろ、っていう指摘は。
ありますよね。
血液型性格診断は、たわいもない遊びではなく。
とってつけたようなマイノリティいじめっていう面もあるんです。

それ考えると。
まあ。


右利き=マジョリティ=言語・理論
左利き=マイノリティ=芸術

ただの偶然以上のものはあるんじゃないかしら?
これがニセ科学ならなおのこと。

いろんな怪しい言説がごまんとあるなかで、これが選ばれて広まった、その理由はここらへんにあるんじゃない?
私たちにつごうがいいから信じたい。そういうの。

ニセ科学はニセではあるんですが、ほんのちょこっと真の科学であるところの元ネタが混入してるところがミソなんです。
もし仮に、元ネタが逆だったら……?

右脳=言語・理論
左脳=芸術

だったら、
ここまで広がったかしら?


右利き=マジョリティ=芸術
左利き=マイノリティ=言語・理論

だとしたら……?
文学部に籍をおいて脳のことなんかいっこもかんがえたことないような大学生がいきなり先輩に向かって「右脳〜」とか言い出すくらいにまで、広まったかしら?



(全体的に右脳型=絵がうまい、左脳型=文章がうまいくらいにざっくりした乱暴なことを言っていて、荒い文章に見えるかもしれませんが、だってそもそも右脳・左脳とか言い出す側がそれくらい素朴な価値判断でものをいってるだけなんだから。これでいいでしょ)
posted by なかのまき at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ニセ科学;筆跡学
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