2010年06月22日

書字教育と称して書道教育をほどこしている書写教育

6月18日の日記で

書道が、左手書字者をしめだしているのが問題なのではなく、

左手書字者をしめださないとやっていられないようなものが、義務教育の必修科目となっているのが問題なんです。


ってかいたんですけど。
もし私がきらいで、このブログにケチつけたかったら、
「義務教育は書道教育じゃありませーん。書写教育ですぅ〜〜」
って、批判してもいいですね。

というか、私もきのうきづいたんですけど、
無邪気に書道教育書道教育かきすぎですね。
書道教育と書写教育を区別してない。
これは、だめですね。

ただね。
混同したい、気持ちもわかるよな。
と。

下の論文で指摘されていることを、かみしめながら。


 現行の学習指導要領では、文字を書くことに関する学習は、小・中学校では国語科書写として位置付けられ、その内容は実用性に限定されている。高等学校では芸術家書道として位置付けられ、実用性を高めながら芸術性を学習するようになっている。
 しかし、実態は、小・中学校では「書写」と言わずに「書道」や「習字」と言った呼称が日常的に使用されたり、「文字を美しく書く」と言った表現がなされたりして、教師の間には書写と書道をほとんど同様に捉え、学習指導要領の趣旨が正確に認識されていない場面も見かける。(玉澤友基(2009)『書写・書道の関連指導に関する考察―楷書指導を中心に』「岩手大学教育学部研究年報」68 pp.71-79)


下線は引用者です。
そう。「美しく書け」って、いえないんですよ。国語科書写は。
書道じゃないんだよ。
でも、だからといって書写と書道はちがうものなの?
うちの大学にいる、書家気取りのズルい書道研究科は、こういうんですよ。
「学校教育の書写と書道はちがうんだから〜」
って。まるで書写のひどさは自分の高尚な芸術毛筆書道とは別物みたいないいかたしてね。

でも、じゃあなんで書写に毛筆があるの?
硬筆の上達に毛筆は関係あるからカリキュラムに入ってるように素人は思わされてるけど、じっさいには硬筆と毛筆は関係ないってことは、書写書道教育関係者ならだれでもしってること。
毛筆があるのは、”書写教育”にたずさわる人間の、趣味なんですよ。左手書字をするこどもをふみにじってでも、おしつけたい趣味なんですよね。
ってことは、書写って書道だよね。
書写関係者って、書道関係者のことだよね。
書写教育を牛耳ってるのは書道関係者ですよね。

書道趣味を義務教育のなかでおしつけておきながら、都合悪くなったら「書写と書道はちがうから」なんていわないでほしい。

私は、こうおもってます。
「書字教育と称して書道教育をほどこしている書写教育」
だから、書写教育のことを、書道教育といいたくなる。
いいたくなるけど、それはちゃんとくべつした方がいいので。
整理します。



書字教育(じをかけるようにしてください)

書道教育(うつくしいただしいでんとうのじを毛筆でかけるようになりなさい)

書写教育(書字教育をしてますよといいながら書道教育をしているなにかの名前)

posted by なかのまき at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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