2010年09月03日

「え? 血液型って占いじゃないの?」っていうカマトト反省会

きょうは反省会。

前回(2010年09月02日)の私の記事。

あまりにも書道への愛にかけてます。この写真のやりかた。
墨の色ひとつでガタガタいうような人々の大切なものをこんなにねじまげて……それでいったいなにをつたえたかったの?なにがしたいの?


この部分。
自分こそ、なにがいいたいの?
と、よみかえして自分でおもったよ。
「書道への愛」ってなんだよ。

うーんと、たぶん。

わりと、非漢字圏の場所での日本語教育の場で、書道が「日本文化をつたえる」ためにつかわれているということをふまえて。

日本語学習者のオリエンタリズムを刺激して満足させるために安易に消費される日本語教育という場での書道。どくぬきされて無害になったそれが、国内の書写教育の場にある暴力と結託して、「書道の有用性」のアリバイになるのではないかしら。
「ほらー、ガイジンのみなさんもこーやって、筆で字をかいて日本語をおぼえてるのよー」って。いって。「だからみなさんも”正しい”筆順で”正しい”字をかくために毛筆の練習をするべきなの」って。でも実際に日本語教育の場で行われてる書道は国内の書道趣味書写とはべつの、どくぬきされたものを、ちょこっと、オリエンタリズムをくすぐるためだけにやってるにすぎないの。
っていう、そういうことをやられたらたまらん。っていうきもちわるさ。かな。

書道はそのまま、輸出してください。
それで、「かわいそうな左手で字をかくにほんのこども。そして押しつけて疑問に思わない大人」っていう、日本の文化を、ちゃんとつたえてください。
ってことだとおもう。
べつに書道への愛うんぬんはどうでもいいですね。
どうでもいいことは書かないようにしよう。

つぎ。
前々回の記事

筆跡学はニセ科学でいいのか。


のところ。

血液型性格診断が科学的根拠ないし、さらにブラハラなんて言葉ができるくらい、差別的であるとして社会問題になってるのに、
「信じてるわけじゃないけど気になるから血液型おしえて」
っていう人は。
「信じてるわけじゃない」って自分自身が信じてるだけで。
かなり血液型性格診断と仲良しさんなのとおなじでしょう。


じつは、ちょっと前までの私が、血液型差別に荷担していたことを告白します。

なにかっていうと、

私、自分の血液型しらないんです。
そして父の血液型も不明というねんの入りよう。

なので、私は血液型で性格を決めつけられて不愉快な思いをしたことが一度もないんです。
ついでに、血液型で性格がどーのこーの、というのにそもそも興味がなくて、血液型についての知識もありえないくらいに欠如してました。

なんか、血液型で性格を決めつけ、ってのは星座占いみたいな、占いの一種だと思い込んでました。あと、B型差別があるってのをしりませんでした。
ついさいきんまで。
その状態で、たとえば飲みの席とかで血液型の話になることにかんして、べつだんなんにもおもってませんでした。
「ばかばかしいけど、話のネタでしょ? いいんじゃない?」
くらいにおもってました。
興味がないものにかんしては、大多数の意見になんとなくしたがってしまう、ってのは心理学の研究であきらかになってましたっけ。
それどころか、自分の血液型しらないから。
「血液型なに?」ってきかれて、「知らないんだよ。なんだとおもう?あててみてー」みたいに。話のネタとして、自分でも利用してました。
どう転んだってぜったいにその場では判明しないから、性格を決めつけられるという不安もなしに、じぶんだけ傷つかない場所にいて、「あててごらん」なんて自分が優位になるように会話をとりしきってたんです。
興味も知識もないものを、「ネタ」にしてあそんでたんです。
(ちなみに、あててもらったところですが、B型いがいの全部の血液型をいわれたことあります。ほらー。ばかばかしいですね)

で、ふと、興味も知識もないのに血液型遊びをやってみたくなった私はある日、「○○ちゃんは×型だよねー」みたいな会話にのりこんでいって、「いや、B型でしょー」っていってみて。
その場をこおりつかせたことがあります。思えばあのときにきづくべきだった。

そう。そのときまで、”B型が性格悪い担当”という血液型性格診断のいちばん大切な、常識的な知識を欠落させてたのです。
「あなたはB型でしょう」っていうのは、タブーとしらなかったんです。
しらないまま、血液型差別を利用し、助長させていたのです。
だめだよなー。

そのうち、筆跡診断つながりでじつは血液型性格あそびが「うらない」じゃなくて「ニセ科学」なのだということ、(もちろん占いの流派もあるらしいですが)、優生学由来だということ、その関係でB型差別が横行してるということ。
はじめて知って、ぎょっとしました。
「え。これ、血液型のことなんか、話題にしちゃだめだよ。なにやってるんだよ。これ。ばかじゃないの」
って一人反省会を実施いたしました。

興味がないもの、知識がないもの、自分が傷つかないものにたいしては内心小バカにするのと平行に、どこまでも安易に寛容になれるのです。

たぶん、私も荷担していた血液型ヨタ話をきいて、不愉快になった人もたくさんいたんだろうなあ。
じぶんが傷つかないモノ、興味ないモノ、知識無いものにたいして、それがひどいものだと、気づくのってむずかしいよな。
 自分の予想以上に。自分の想像力なんか、やっぱり、自分の都合の良いモノにしかはたらかない。
と。つくづく。おもいました。

だから、できれば、ふゆかいになったとき。「この場の空気を壊すのは悪いな」とかおもわないで。おこってもらえれば。
ありがたいです。
「やだなにおこってるのこのひと。へんなのー。きもちわるーい」っていわれることのほうがおおいかもしれないけど。私も経験的に、そうおもうけど。
もし、いえるようだったら、言ってみても、いいとおもいます。

それで、わたしのできることは。
「このひとになら、怒ってもだいじょうぶ」
っていう、人間関係をつくれるように。
って、そういうことだろう。
怒られたときに「やだっ!こわいっ!」って閉じてしまわないで、ちゃんと、その人が私に向かって怒ってる、その意味をかんがえられるように。




posted by なかのまき at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 黒歴史
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