2010年11月04日

がまんを強いられるのはつねに弱者

教育関係のへんな文章あつめがとまらなくなってしまった。
でももう、今回でやめます。
いいかげん「とめはねっ!」批判もやりたいし。

でも、ちょっと、これだけはびっくりしたので紹介します。
いじめ百合萌え論文やドM母萌え論文をたてつづけによんで、だいぶ耐性がついたかな、とおもっていたのですが、これはゆるせない。
いかりがしずまりまらないので。
とりあげます。

池田多津美(2010)「幼稚園における教育の創造と展開(5)体験の多様性と関連性」『初等教育資料』平成22年10月号

池田多津美氏は東京都港区立白金台幼稚園長だそうです。


「自分が忘れたから仕方がないか」
 五歳児は毎朝学級に置かれているかごに自分でプールカードを入れる。プールカードがないとプールには入れないことになっており、特に五歳児の担任は自分で責任をもたせ、カードの管理を任せるようにしている。
 この日、B児はカードを忘れた。担任は「エエッ、残念。明日は絶対に忘れないようにしよう。今日は入れないけど仕方がないね」と言う。学級の仲間がプール遊びに熱中しているとき、B児はテラス周辺でウロウロ歩き回りながら、「朝、自分で○印を付けたのに…。ちゃんと置いておいたのに忘れちゃって。自分が忘れたから仕方がないか。でも…」と繰り返しつぶやく。

(略)
五歳児B児も水遊びが大好きである。プールには入れないのは自分がカードを忘れたからだということをわかっているが、そのやりきれない悔しさを自分にぶつけ、独り言をつぶやきながら納得しようとしている。教師はB児に今回の体験を通して、自分のことに自分で責任をもつということを学んでほしいと考えている。保護者に連絡をとるなど、プールに入れるようにする手立てはあったが、この時期に何を体験させることで成長につなぐか、教師が個々の幼児の育ちの家庭を見通す力と幼児や保護者との信頼関係が問われるところである。(p.42)



5歳児に自己責任って。
どうかしてるとしかおもえません。
カードを忘れるな、と5歳児に要求するほうが無謀だし、カードをわすれたときの対処が「こどもにがまんさせる」って。それが「体験」って。
なんで一番よわいものにツケがまわるんですか。
それで「自分が忘れたから仕方ない」と納得しろと要求する。
そんな体験いりませんよ。

ちょっとしたミスで過重な刑罰がくだり、それを「自分のせい」と納得させられる。周りの大人はこどものちょっとしたミスにいっさい手助けをしてやらない。

「今回の体験を通して、自分のことに自分で責任をもつということを学んでほしいと考え」られるほうがおかしいとおもいますが。
絶対に一度のミスもゆるされない社会。自分のことしか頼れない社会。ミスをしたらどんな罰をうけても仕方のない世界。大人が手助けをしてくれない世界。
なんで五歳のときからそんな世界に住めといわれなければいけないんですか。

もう、いやだ。ぜったい、たのまれたって東京都港区立白金台には住まない。
posted by なかのまき at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 国語教育
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