2010年11月19日

カエルのへそについて学びましょう。ないけど。

『月刊国語教育研究』(日本国語教育学会)2010年2月号で、

「日本語の特質を学ぶ」

という特集がありました。
前期の授業で学生さんのくりだす日本語特殊論にへきえきしていたので、「日本語」と「特質」とくればそれだけでみがまえてしまう習性があるのですが、この特集の内容、どうなんだろう、と。
どきどきしながらみたのですが。
ああ。悪くないです。


まず、巻頭言が杉戸清樹氏(前国立国語研究所所長)です。
杉戸氏は、かなり国語教育にめくばりをしている人です。


日本語の姿を虚心に見つめることから

 言語研究の一分やである対照言語学や言語類型論の新しい知見に触れると、日本語は他の言語と大きく異なる「特徴」をもつような格別の言語ではないということを教えられる。たとえばSOV(主語・目的語・動詞)のような文の語順構造など、他言語と同じ類型に属する言語であることが、近年とみに充実した情報や研究に基づいて示されている。
 そうした専門領域のこととしてではなくとも、かつて語られた日本語の独自性や「特長」が多くの場合きちんとした根拠のないままの思い込みや思い入れであったということも想起しておきたい。一例を挙げれば「敬語を持つのは日本語だけだ」という言説である。(略)
 こう考えると、学習指導要領に掲げられる「国語の特質」は、国語のどのような言語事象をどのような姿勢で扱うかについて、改めて議論したりする余地の大きな課題事項であることがわかる。本号特集の趣意もここにあるのだろう。


「日本語の特質を学ぶ」という特集の巻頭言で「そんなもんない」ってかいてあるんですよ。
でも、それは本当のことなんだからしかたないですね。

それで、
「国語のどのような言語事象をどのような姿勢で扱うかについて、改めて議論したりする余地の大きな課題事項であることがわかる。」
ってかかれてますが、でも、それって、現場の先生のする仕事じゃないよね。
ないものについて教えろっていうんだったらそれはむちゃぶり芸でしょう。
そんなものを現場の先生に期待しちゃいけません。

これは、「国語の特質」なんてかいた文部科学省に責任があって、その責任を追及するのも、現場の先生の仕事じゃなくて、日本語学と言語学の人の仕事だろう。

日本語学のせんせえは、自分の教え子や弟子や友達がどれだけ国語教育まわりで食ってるか、しらないわけじゃないだろうし。いまだって高校の国語と大学の日本語学の非常勤かけもちしてたべてる人がどれだけいることか。

ってかんがえると、日本語学で食ってるひとはだれだって国語教育に無関心でいられるはずがないわけで。
だからそもそも、学習指導要領に「国語の特質」なんていう項ができてしまっていることが、異常事態なわけですよ。
日本語学の人なにやってんの。
どうしてこうなるまでだれもつっこみいれられなかったの。って。
責められてしかたないとおもう。
posted by なかのまき at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 国語教育
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