2011年04月02日

長野の助詞の「を」について

長野のあたりでは助詞の「を」を〔wo〕と発音する

というはなしをきいて、
しらべてみました。

『長野県史 方言編』(長野県史刊行会・1992)

第3章 中信地方の方言
(引用注:調査地点は開田村)
3.3.1 /'wo/について
共通語の/'o/〈オ〉にあたるところにあたるところに,語頭と語頭以外を問わず[wo]があらわれる。

[woja]〈ウォヤ〉(親) [wotogo]〈ウォドゴ〉(男)
[wonnna]〈ウォンナ〉(女) [sawo]〈サウォ〉(竿)
[iwo]〈イウォ〉(魚) [(ナガエス)iwo]〈シウォ〉(塩)

(略)

 この[wo]ないし[wo]を/'wo/と解釈することにより,/wo/軸を新たに作ることは「経済の原則」に反するとも言えるが,話者によっては「御岳山」は[ojama]〈オヤマ〉であって[wojama]〈ウォヤマ〉ではないとする者もおり,ここでは[wo]の半母音[w]を/'w/と解釈した。
 語頭の[wo]〈ウォ〉を有する方言は極めて珍しい。筆者の観察した範囲では,東日本では伊豆七島列島方言のみである。それに対し,語頭以外の位置における[wo]はその実態はさまざまだが,長野県方言などでも,これを有する方言がある。(p.415)


『長野県史 方言編』は著者名がかいてないのですが、ここのかしょについては、


馬瀬良雄(1958)「木曽開田村方言の音韻」『国語学』34

がもとになったものと思われます。
馬瀬(1958)では、[wo]は/'o/と解釈していますが。

で、この論文には

開田村と隣る新開村・三岳村はじめ、木曾谷一般には、語頭以外の場所で[wo]の発音が残っている。


とかかれています。
というわけで、木曽のあたりでは助詞「を」だけじゃなく、語頭以外に[wo]がでてきていたようです。開田村にいたっては、語頭にまで[wo]がでてきます。

で、この開田村で「お」が全体的に[wo]となるのは、キリシタン文献で確認できる中世末の京都語と共通であることが指摘されています。(『長野県史 方言編』p.415)

というわけで、助詞「を」だけじゃない。ということが確認できました。
また、長野県全域で助詞「を」が[wo]と発音されるわけではないということもかいてあります。
長野市市街地・飯山市富倉両方言では助詞「を」は[wo]にならないようです。(『長野県史 方言編』p.39)

さて。さらに面白い報告がつづきます。

小川村桐山方言には、/'wo/〈ウォ〉/'we/〈ウェ〉/'Wi/〈ウィ〉があるそうです。


話者の一人、松沢一夫史は「男」「女」を次のように発音する。

[wotoko]〈ウォトコ〉(男) [wonna]〈ウォンナ〉(女)

また、「親」「奥」を次のように発音する。
[oja]〈オヤ〉(親) [oku]〈オク〉奥
つまり、[wo]〈ウォ〉と[o]〈オ〉は幾つかの面で音韻的に対立している。(略)


さらに、松沢氏は[we]〈ウェ〉絵 [e]〈エ〉柄と発音しわけています。井戸や猪などについて[wido]〈ウィド〉[winosisi]〈ウィノシシ〉と[wi]の発音がでてきます。


上の小川村霧山方言の[wo]と[o],[we]と[e],[wi]と[i]の使い分けは歴史的仮名遣の「を」と「お」,「ゑ」と「え」,「ゐ」と「い」の区別と次のように綺麗に一致する。
(略)
「をとこ」(男)「をんな」(女)/「おや」(親)「おく」(奥)
「ゑ」(絵)/「え」(柄)
「ゐど」(井戸)「ゐのしし」(猪),「ゐる」(居る)/「いけ」(池)
 最初,松沢一夫氏のこれらの音声を聞いて,古典語の世界が小川村桐山に遺されていたのかと早合点した。だが,少し詳しく調べることにより,これらの[wo]〈ウォ〉[we]〈ウェ〉[Wi]〈ウィ〉は,古い歴史的仮名遣いの音声を現代方言に伝えているものではないことがわかった。それは学校教育の成果といえるものであった。松沢氏によれば,小学校の先生はそのように発音し,そのように教育し,生徒はそのように覚えたのだという。
(『長野県史 方言編』p.38)


また、助詞「を」についても、

話者の中には助詞「を」について、「〈お〉と書かずに,〈を〉と書くのだから[wo]〈ウォ〉と発音するのだ」と言ったり,また,「[wo]が標準語的な発音だ」と意識している者も多い。
(『長野県史 方言編』p.40)

という注がついていました。

学校教育が地方語に介入してることが、ここからかんがえられます。

現在の長野の若い人のなかには、
「助詞の「を」を[wo]と発音するのが方言だ」
と考えるひとがいます。
そのいっぽう、
「「[wo]が標準語的な発音だ」と意識している者も多い。」という報告があります。

ここから考えるストーリー。

長野のあたりには、語頭以外で[wo]がでることが多かった。
また、その影響もあって、歴史的仮名遣いを使っていた時代には、学校教育によって歴史的仮名遣い的に[wo][o]を発音するように矯正された人もいた。
しかし、若い人のあいだではだんだん[wo]がきえていった。
ただし、現代仮名遣いで「を」とかく助詞の「を」だけは、学校教育によって[wo]の発音が残存した。
「助詞の「を」を[wo]と発音するのが長野の方言だ」と解釈されるようになった。←いまここ

posted by なかのまき at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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