2012年02月17日

道徳教育の感傷

今日はちょっと古い資料を。

宇佐美寛(うさみ・ひろし)1987「「道徳」授業の不道徳性」『現代教育科学』No.307

宇佐美氏は、道徳教育を専門にしている人のようです。
この論文は、「きつねとぶどう」という小学2年生用道徳の資料を紹介して、この道徳用資料の不道徳性について指摘しています。
おもしろい論文です。

まず、「きつねとぶどう」という道徳資料のあらすじ。

おかあさんぎつねと、子ぎつねが巣穴のなかでくらしています。
ある日子ぎつねが「おなかが すいた」とないて、おかあさんぎつねが、やまを3つこえて、「ぶどうの 村」にいって、ぶどうをひとふさ「いただき」ます。(ようするに、ぬすみ)
ぶどうをもって帰り、あともうすこしで子ぎつねのところに、おかあさんぎつねがたどりつこうとしたとき、わんわんと、犬のなきごえがします。りょうしが、近くにきています。
おかあさんぎつねが、
「コーン、あぶない、早く にげなさい。」
とさけんで、子ぎつねはあなをとびだして、やまおくへ逃げます。

で、にげた子ぎつねはおかあさんぎつねをさがしているうちに何年も時が経過して、大きくなります。
あるとき、むかしすんでいた巣穴のちかくにきたときに、一本のぶどうの木をみつけます。
昔はなかったのに、と不思議におもいながらぶどうをたべてみたら おいしかった。
では、以下原文を引用します。

その とき ふと 子ぎつねは、
「まって おいで。 おいしい ものを、 もってきて あげるから。」
と いった おかあさんの ことばを、 思い出しました。
ぶどうの 木のはえて いる わけが わかりました。
子ぎつねは、 どこに いるのか わからない おかあさんに、 声を あげて おれいを いいました。
「おかあさん、 どうも ありがとう」(坪田譲治の作品による)(宇佐美1987:52)


で、
宇佐美氏はこの教材にたいして、このように述べています。


「教科用書」には赤い字で次のように書いてある。

〔ねらい〕父母やまわりの人びとの愛情に対し、感謝し尊敬する心情を育てる。

本書のおさえどころ…〔略〕…母ぎつねの行動について考えさせ、心情に訴えて尊敬感情の気持ちを育てる。

留意点・自分が犠牲になっても、子どもを助けようとした母ぎつねの気持ちをわからせる。(同:52)


はい。毎度安定のひどさ。
誰かを犠牲にしないと道徳は成り立たないんですかね。


これにたいして、宇佐美氏は厳しく批判します。

これをよんで、子どもは疑問をかんじるはずであるとして、この物語の問題点をあげます。
母ぎつねにエサをはこんでもらわなければいけない年頃の子ぎつねが、どうやってひとりで大きくなったのか。なぜ子ぎつねをおいて山3つもこえた遠くまで食物をとりにいかなければいけなかったのか。ぶどうをぬすむのはよくないのではないか。

など。

そして、以下のようにまとめています。

「きつねとぶどう」は、文学作品として、だめなのである。「おかあさん」の「ぎせい」が、全体の事実関係とまとまりをなしていない。他の部分の事実が「こういう行動ではない可能性もあったのではないか」という問いを誘発する。いいかえれば、「ぎせい」がもの欲しげに感傷的に浮き上がっている。こういう作品を価値あるものとして肯定的に子どもに与えるべきではない。(同:54)



この「きつねとぶどう」の資料・授業は例外的なものではない。すでに述べたような特性は、広く見られる。あえて、くり返しまとめる。
資料はおざなりで感傷的である。すなわち、当然必要であるはずの事実が書かれていない。また、書かれていること相互の間に矛盾がある。筆者が強調したい道徳的意義だけが作品全体の中で浮き上がって、しらけたものを感じさせる。(同:57)



この宇佐美氏の道徳教材批判が、教育の分野においてちゃんと受け止められて、まじめに議論されてきたとは、残念ながら考えられません。

ちょっとまえにインターネットでも話題になり、テレビでもとりあげられたのでご存知のかたもおおいかとおもいますが、埼玉県で道徳教材として、「天使の声」という教材が作成されました。

こちらのリンク先なども参照ください。

犠牲になった南三陸町職員の方が、道徳の教材にされることへの反応。

だれか(特に女性)の犠牲的な死を、「おもいやり」と、感傷的に道徳教材にしたてあげて消費してくることは、昔からさかんにされてきて、そして今年もまたひとつ、教材がつくられました。
私はこのような道徳教育のありかたに、反対します。
posted by なかのまき at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 国語教育
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