2010年10月12日

優先順位のもんだい

基本的に、私は、筆跡診断より筆跡学が怖いとかんじてます。

なにかというと、筆跡診断は教育の場には入ってこないでしょう。
だってあまりにも金もうけのにおいがプンプンするんですもの。
こーゆーのは、がっこーのせんせえはきらいだとおもー。

どっちかというと、書育とか川島隆太氏あたりと結託して、筆跡学をもちこむ方がありえそうで、こわい。書道の人がね。
だから、筆跡診断より筆跡学ね。
でも、もちろん、筆跡診断が心理学を騙る以上は、筆跡学といっしょに批判するひつようあるとおもうのですが。

なんか、筆跡診断は、だから、心理学を騙ることをやめて、開運とか、自己啓発とか、そっち系でやってもらえれば。
最低限、教育と人事採用にさえ使われなければ、筆跡診断は、問題としてとりあげるは優先度は低いです。

あ、これは私の国語科の寄生虫という立ち位置からの意見です。
他の場所からみたら、筆跡学なんかよりも筆跡診断が問題になる場合もあるかもしれない。

というか、自分が汚物まみれなのに他人を指さして、
「おまえ、くさい!」
っていう、それがなんか、ダメじゃないか。

エセ科学満載かつ、影響力が大きいのは筆跡診断じゃなく、日本語学と国語科教育だよねえ。

日本語特殊論
漢字不可欠論
漢字仮名交じり文じゃないとダメなんです論
漢字は表意文字なんです論

日本語特殊論を信じてる日本語学の人はいないとおもうけど、それ以外は信じてるよね。
筆跡診断たたくより、そっちだろう。私がやることは。

posted by なかのまき at 10:26| Comment(0) | TrackBack(4) | ニセ科学;筆跡学

2010年10月21日

書字で脳を活性化 パソコンの使いすぎには要注意 ZEBRA

文具メーカーZEBRAのサイトに

書字で脳を活性化 パソコンの使いすぎには要注意

というページがあります。

これがまあ、たいへんなページなのですが。


とりあえずこのページは、
東京書芸協会の関係らしい。

2003年4月26日(土)早稲田大学にて開催された、
東京書芸協会川原世雲氏の発表をもとに編集しています。


早稲田大学はこういうところにハコを貸さないでね。

で、この書芸協会ってサイトをみてみたら、ああ、これ、書道の会だねー。あきらかに。

こう。
私のうすぎたない本音を出してしまうと、
書道の人がアホなことをいえば、私には都合がいいんですね。私は書字教育にくいこむ書道を批判してるので。
アホなことを言ってくれると、ハートがあったかくなるの。

「ああ、書道の人も私を応援してくれる。
 私は1人じゃない。
 たくさんのひとに、ささえられている。
 みんなありがとー黒ハート!!
 みんなだいすきーハートたち(複数ハート)ハートたち(複数ハート)

って。そういう気持ちになるのですが。
それにしても、こんなに書道の人の愚行が嬉しい私でも、このページはさすがに困るなあ。
ちょっと引用しますね。
でも、本文ページの方がキレイな図があってみごたえがあってくらくらするので、ぜひクリックして原典にもあたってみてください。


■書字と脳
脳研究の中で、「書字」という活動が注目を集めています。「書字」という行為には、脳機能の中で関わっていない箇所がないと思われるほど、広範囲にわたって脳を同時に大きく使っています。さらに、平面的なかなくぎ文字を書く時と、立体的で流れるような文字を書く時では、脳の使い方が違うことと考えられています。

最近話題にのぼる「ITボケ」や「ゲーム脳」なども、この手で文字を書かなくなった私たちの生活が少なからず影響しているようです。パソコン等での作業に慣れきってしまうと、脳の活動が低下してしまうことはよく知られています。パソコンやゲームを長時間続けている人の脳波は、「痴呆」と同じ状態になっていると指摘される点からも、「書字」の大切さがうかがわれます。

脳の活動には大きなエネルギーが必要。体重の2%程度の重さの脳が、体全体の20%近くのエネルギーを消費しています。体重の約半分を占める筋肉が体全体の20%程度のカロリーを消費するのと比べてみると驚いてしまいます。また、脳が必要なエネルギー源はブドウ糖だけ。とってもぜいたくな器官なのです。脳は体の他の器官と違い、それ自身が痛みなどを感じないため、客観的な視点に立って、その活動のバランスをとっていくことが大切です。


ITボケ! ゲーム脳!
えーと。ゲーム脳についてはかなり批判がありますねえ。
いろいろあるけど、まあ。このへんでも。↓

「ゲーム脳」徹底検証
斎藤環氏に聞く ゲーム脳の恐怖1


つぎのページいきます。

■パソコンばかりでは危険
最後の一文字を間違ったら要注意!
最近、半紙などの作品を書く時に最後の一文字に錯書が起こったり、字形が崩れる例が急増しています。これはVDT作業やメールを打ち続けたり、ゲームをやり続けることにより、β波が常に出ていない状態が続きβ波の高まりを得ることができないことが原因と考えられます。

※VDT作業:ディスプレイ、キーボード等により構成されるVDT(Visua lDisplay Terminals)機器を使用して、データの入力・検索・照合等、文章・画像等の作成・編集・修正等、プログラミング、監視等を行う作業

漢字が書けない人が増えている?
パソコンばかり使っていると、漢字が書けなくなるという経験は多くの人が持っているはず。これは頭頂葉疾患に近い空間失書の例で、文筆業をしている人でさえも、キーボードばかりで文章を作成しているとごく簡単な字が書けなくなったという例もある程です。ブラインドタッチという言葉が示すように、空間的なコントロールを介さない慢性的な指の単純運動が原因と考えられています。最初の一文字の位置が決められなかったり、紙面に文字が入りきらなかったりしたら要注意です。

まず小学校低学年レベルの4〜6字熟語を思い浮かべます。半紙と筆を用意して、一点一画ゆっくりとそれを書いてください。その際、書いている時と、画から画に移る時も含めて同じスピードで筆を進めます。尚、画から画に移る際、筆先は紙面より1cm以上あげないようにしてください。

指先を細かい運動は頭を活性化する?
編物など、指先の細かな作業をする人はボケないなどとよく言われます。文字を書くという動作についても同じです。しかし慣れきって書くようになったり、ブラインドタッチするようになると、その指先の運動は小脳で代替され、結果、指先を動かす脳の部位の隣にあるブローカー野への血流の影響がなくなり、頭に良いとは言えません。また大脳は同じことの繰り返しを嫌います。VDT作業者が緊張した状態(発話以外に並行して思考、動作を求められる場合)での発話に支障が出るのは、左利きの子供を右利きに矯正しようとすると、しばしば吃音を生じるのと同じです。



「最近、半紙などの作品を書く時に最後の一文字に錯書が起こったり、字形が崩れる例が急増しています。これはVDT作業やメールを打ち続けたり、ゲームをやり続けることにより、β波が常に出ていない状態が続きβ波の高まりを得ることができないことが原因と考えられます。」

このへん、くらくらします。
β波うんぬんはゲーム脳由来ですね。つまり、ヨタ話とかんがえていい。

「パソコンばかり使っていると、漢字が書けなくなるという経験は多くの人が持っているはず。これは頭頂葉疾患に近い空間失書の例で(略)」

疾患かー……単なるものわすれじゃなくて?

「ブラインドタッチという言葉が示すように」

ブラインドタッチという言葉がなにを示しているっていうんだ。「ブラインドタッチ」という言葉のどこに「空間的なコントロールを介さない慢性的な指の単純運動」という意味がはいってるんですかね。あと、「ブラインドタッチ」は「ブラインド」に問題があるから、「タッチタイプ」とかいうんじゃないの?さいきんは。

あー、つかれた。全部のページに突っ込むのはあきたので。
おのおの原典にあたってくらくらしてみてください。

さいごにいっこだけ。
ゆるせない記述。

「VDT作業者が緊張した状態(発話以外に並行して思考、動作を求められる場合)での発話に支障が出るのは、左利きの子供を右利きに矯正しようとすると、しばしば吃音を生じるのと同じです。」

ここがひどい。

書道こそが、左手書字者いじめの総本山のくせに。
公教育にいすわって根拠のない「毛筆必修」と「正しい筆順」で左手書字者におしつけていじめてるくせに。

「左利きの子供を右利きに矯正しようとすると、しばしば吃音を生じるのと同じです。」

って、いかにも「左利きの味方ですう。マイノリティの権利も大切にしてますう」な顔をしてみせて、じつは左手利きとVDT作業者を同時におとしめている。

ぬすっと たけだけしい

とはこのことだ。

たけだけしいな。
じつにたけだけしい。
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posted by なかのまき at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ニセ科学;筆跡学

2010年10月26日

ゲーム脳はもういいです

宮本まき子(みやもと・まきこ)2010「ゲームばかりして宿題をしない」『児童心理』919 pp.81-85

Aさんの妹は20代で離婚し、故郷の親の家に戻って働き始めた。甥っ子は保育園が遠いため祖父母が家で世話をしたが、この子は二歳(!)のときからパソコンのキーを操作してゲームをするのが大好きだった。(略)
Aさんは帰省のたびに甥っ子がテレビゲームやオンラインゲームに熱中して、夜中まで起きていて遅刻したり、小学四年生という年齢のわりに奇妙に「冷めた」言動があるのを心配してきた。同年代のわが子に比べて明らかに友達が少ないし、スポーツや体を動かす遊びもしない。子供らしい感情の発露が乏しく、突然怒りっぽくなるほかは、陽気にはしゃいだり泣いたりすることが少ない。(略)「ウチの子にみんな持ってるからとねだられたDSを、外出するときは退屈しのぎに持たせてやらせています。ゲームは持っていて当たり前、やって当たり前で、叱ることはないのですが、甥っ子をみていたら心配になってきて……」とAさんは戸惑う。(pp.82-83)


「わが子に比べて明らかに友達が少ない」「スポーツや体を動かす遊びもしない」「子供らしい感情の発露が乏しい」とか。
「余計なおせっかいだ」って言っていいんじゃ。
なんで友達が少ないことがいけないの?スポーツきらいな人間だっているじゃん。「子供らしい」ってなんだよ。
ってのがまず、きもちわるい。「あるべき健康な子供の姿」から甥っ子がこれだけ逸脱している、ああ、心配。って。よけいなおせわだろう。

あと、ぜんぶゲームのせいにしていいの?
甥っ子が心配なのは、まあ、それはそれでいいですよ。
でもそれぜんぶ、「甥っ子がゲームやり過ぎだから」って、そういう因果関係でいいの?
甥っ子からゲーム取り上げたらそれですぐに、友達がふえて、スポーツをガンガンやって、「子どもらしく」なるわけ?

で、この論文のおもしろいところは、
ゲームをやる人間の友達のすくなさを問題としながらも、すぐ後ろで、

「ゲームがないと仲間はずれになる、イジメにあう」と必要以上に心配するのは、親子二代の思いこみだろう。それくらいで壊れるような「もろい友情」なら失くしても惜しくないし、物を介在しなくとも友好的な子がゴマンといることを最初からわが子に教えたほうがよい。(p.83)


「友達がすくない」のは問題なのに、「もろい友情」なら無くしても惜しくないんだって。
なんだ、これ。できのわるいコントのシナリオをよまされてる気分。

「ゲームをやる子は友達がすくないんです!」
「でも、ゲームをかってやらないと友達ができないっていう面もあるんですよ」
「そんな友情はなくしてもおしくないです!」

けっきょく友情は大切なのか、惜しくないのか。
それとも、「スポーツ友達は大切だけどゲーム友達はなくしてもいい」って、友達を属性で差別するのか。
けっこうひどいこといってるってきづかないのかなあ。友達、の向こう側にはかならず、具体的な顔があるわけで。
それって、「○○君はゲーム友達だからなくしても惜しくない」って子供に親が言うってことだよね。
まあ、けっこう本気なのかも。
「○○君とバスケットボールするなら遊びにいっていいけど、××君とゲームするなら、××君とあそんじゃいけません!」
ってことか。

まあ、それはおいておいて。
本題にはいります。

「サルでもできる」が売りのパソコン操作だから、学齢前でもキーを叩ける時代である。いっとき「ゲーム脳」という言葉が議論され、長時間のテレビゲームが脳の働きを阻害すると警告されたことがあった。(p.83)


でた。ゲーム脳。
うん。で、そのゲーム脳説が科学的根拠にとぼしいヨタ話だってこともさんんざん警告されてますね。それにかんしてはいかが? なぜそれについては触れないの?


文科省は2004年から1000人の子どもを10年間にわたって追跡する大規模な調査を始めたが、その中間報告的な論文等でも、ゲームそのものが直接原因の障害は立証されていない。
ただし、本来なら運動遊びや他者との人間関係づくりの発達に費やされるはずの時間をゲームに「時間泥棒」されているのは明白である。長時間続けば体力的にも社会的にも未熟のまま自立を阻害される恐れがあるだろう。


自分の論の根拠となるゲーム脳とやらがどんなもんであるのか、ちゃんと調べもしないで思い込みで自分の都合のいいように書き散らして原稿料せしめてる「社会的に未熟な人間」に説教されるいわれはない。

文科省のメディア調査の結果がでるのは2014年以降ということは、「実はこうでした」というサプライズがあったとしても、いまの小学生には「手遅れ」ということだ。(p.84)


うん。で、「サプライズ」がなかった場合どーするの?
ゲームやっていいの? 

なんか、こういうニセ科学にしがみつく人ってじつは、科学を軽視してるんじゃなくて、
科学をいみもわからずあがめたてまつって過剰に評価してる人なんだよね……
科学を、「なんでも切れる文化包丁」かなにかとカンチガイしてませんか。

「ゲームをやっちゃいけません」の根拠を、科学にだしてもらおうとしたって、「そんなもん出ませんでした」ってなったとき、どうするの?
ちゃんと、この論文撤回してくれるの?
「ゲームはやってもかまいません」って言ってくれるの?
いや、つごうのいい場面で科学様にやたらおすがり申し上げて、都合がわるくなったら「どうせ科学なんかでは証明できないことはいくらでもあるのさ」とかいいはじめるんでしょうねえ。「まだまだ科学で解明できてないことはいろいろあるんだ」とか。とかいって、
「とにかくゲームはだめといったらだめなんだ! 科学なんか関係ない!」ってなるんでしょ。

なんか、ゲーム脳なんてあやしいものにたよらなくても、「ゲームばかりして宿題をしない」という問題にはたちいれるとおもうんだけど。
だって、「ゲームばかりして宿題をしない」って、あきらかに科学のもんだいじゃなくて躾の問題だもん。
「ゲーム脳」をつかってゲームを叩くのは、「ゲームばかりして宿題をしない」という問題をかんがえるとき、やりかたがぜんぜんうまくない。

で、なにが問題かっていうと、このニセ科学に依拠した論文が、2010年刊の「教育心理」っていう教育系の雑誌に堂々とのってしまうこと。
ニセ科学のマーケットとして、教育っていう場があるんだな。
ということを、かんがえないではいられない。
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2011年01月28日

筆跡診断のあぶなさ

ある人とゼブラの筆跡診断の話をしていたら、
「ああ、ゼブラはその筋では有名だよね」
っておしえてもらいました。


遠赤外線で血行をよくする
書くだけで疲れを癒すボールペン


ああ……うん。

詳しくはこちらで検証されております。
紹介します。

遠赤外線筆記用具のウソ」(市民のための環境学ガイド)


さて。
というわけで。
ついでなので以前も紹介しましたが、ゼブラの筆跡診断のページについて。

しまうまくんの筆跡診断テスト

これ、ただの遊びかとおもったのですが、改めてみると結構問題が多いので、とりあげます。

この筆跡診断テストは、


性格診断」と「相性診断」があります。
どっちも非常に問題です。





これ、

(1)字の縦線と横線のつなぎ目が閉じてるか開いているかどっちつかずか
(2)かまえの下部がひろいかせまいか
(3)カドがかどばっているかまるいか
(4)玉部の横線が均等かふぞろいか

という部分の組み合わせで性格がきまるルールです。
ルールなんだから「なんで?」とか考えても仕方ないね。

で、結果がでる。以下のようなの。
(以下、画像はすべて「しまうま君の筆跡診断」から一部引用しました。

result_a2101.gif

あなたは気分こそが人生の司令官タイプです。

判断力が弱いので、何かというとルールに頼りがち。
もしくは理屈ではなく勘で一発勝負を賭ける危なっかしいところもあります。
感情に左右されるタイプで、安定しているときは優しさが表出します。
ただし不安定だと自分でもコントロール不能に…。


result_a1010.gif

あなたは根っからの自由人!
ボヘミアンタイプです

あなたの性格はズバリ、ラテン系。
ユーモアいっぱい、自由を愛するボヘミアンな性格です。
気取らず大らかで、他人の言うことなどどこ吹く風。
手先が器用なのでものづくりにも向いています。
アイディアが豊富なのでお金儲けも得意でしょう。




注 筆跡診断は統計に基づく心理学です。書く人の気分や状況で文字も変わってくるので、通常書いている文字に近いものを選択して、性格を知る参考にしてください。




で、これが罪のないどうでもいい遊びならまあ、放置ですが。

司令官タイプとボヘミアンタイプを比べると、あきらかに司令官タイプがあしざまにかかれている気がするんだけど。


なにやら字の形の「いい・わるい」の価値判断をしているようです。
また字の形から、人格の「いい・わるい」まで決めつけています。


実際にいじってみるとわかりますが。

まず、これが「いい字」

result_onepoint1010.gif

すごくバランスの取れた良い筆跡だよ!
特に大切なのは、末広がりのどっしりとした「かまえ」。
ここがしっかり安定していると、どんな大変な時も立て直しがきくんだ。
文字は気分によって変わるから、ときどき自分の文字をチェックしてみてね。



・つなぎ目が開く
・かまえの下部が広い
・カドが丸い
・玉の横線が等間隔

を選ぶとこの結果です。


で、「わるい字」はこんなこといわれる、

result_onepoint0101.gif


まずは「かまえ」の下部を外側に広げて安定した土台をつくってみよう。
つまづきがちな人生が安定してくるはずだよ。
接筆を離してオープンマインドな性格に変身できればなおよし!
これであなたの才能も100%引き出されるはず。


・つなぎ目が閉じる
・かまえの下部が狭い
・カドが角ばってる
・玉部の横線がふぞろい

だとこういう結果になります。
「つまづきがちな人生」て。ひどくないか?
字の形でこんなこといわれちゃうなんて。

ちなみにこんなのもあります。

result_onepoint2111.gif

成功運の筆跡に近づけるには、まず「かまえ」の2本の足を安定させること。
人生にも安定感が出てきて、将来に希望が持てるようになるよ。
接筆をつけるか開けるかどっちかにきめることも大事。
決断力がついて人生が前に進んでいくはず!



筆跡診断は統計に基づく心理学です。
ってかいてあるなら「成功運」とかどうしてかけるんだろう。
心理学が成功運の研究なんかしてるわけないでしょうが。

もっともらしく書きたいのだろうけど。
いくらなんでもわきがあますぎる。
こんなんで人をほいほいのせられるとおもっているのだろうか。
それとも、本気なの?
ほんきで、「成功運に近づける」ための「統計に基づく心理学」と思ってるの?

んー。
なんか。
筆跡診断については、

「よい字・わるい字」とそれにもとづく「よい人格・わるい人格」みたいな
へんな価値判断をしないで、無害に楽しめるものだったらね。
あたりさわりのないことしかかいてなければね。

もうすこし批判するのも難しいと思うけど。
これはあきらかに有害。

相性診断はさらにひどい。
根拠なく字の形から人間関係のよしあしをきめつけないでほしい。
これ、自分一人でたのしむだけじゃなくて、他者を巻き込むからひどい。
これをもとに人事採用とかやられたらたまったもんじゃないですよ。


筆跡診断ってこれでいいんですか?
やるにしたって、もうちょっと無害なものにはできないんですか?

まあ、私にとっては、ここまではっきりとうさんくさいとかえってありがたいくらいですが。
「あ、字で人柄を判断できるかも、なんてちょっと変だなあ」
っておもってくれる人もいるかもしれないので。

posted by なかのまき at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ニセ科学;筆跡学

2011年03月09日

国語教育と筆跡学とニセ科学

今日は国語教育と筆跡学のかかわりについて書きます。

『教育科学国語教育』732号


漢字の基本指導―漢字練習の試み
という特集がありました。

河隅道子(2011)「漢字の基本指導―書写 一年生書写教材「びわの実」を通して」

生徒は基本の点画を守りながら「きれいな字」を書こうとする。それは「文字」を美しく書くだけでなく、自らの内面を筆に乗せて表現しようとする姿でもある。投げやりに書けば投げやりな自分が。精魂込めれば端正に。できあがった作品には、一生懸命なそれぞれの姿が表現されており、自らの心の有りようこそがそこに残されている。(p.46)


山田高広(2011)「漢字嫌い」をなくす指導原理

私は初任の頃から、次のように思ってきた。

字は、その人にとって、顔なのだ。

生徒はよく、書写などをさせると、「字が下手だから」という言い方をする。
私はにこっとしてこう言う。

上手、下手ってあんまり関係ないよ。
丁寧に書くか書かないかの方が大事だな。
丁寧に書いた字は、必ず相手にあなたのよさが伝わる。(p.93)


こういう、国語の先生のものいいが、
字面の形と人間の内面を結びつける思想が、
ニセ科学である筆跡学・筆跡診断と無関係に成立できるものでしょうか。

私は、国語教育の現場のことはわかりません。
「専門家でもないお前になにがわかる!」
ということはできます。

「おまえがこどものときにであった筆跡学よりの教師は、たまたまおかしい教師に出会っただけだ。
おまえの個人的な体験を根拠に国語教師のすべてが、筆跡学に傾向しているとおもわれるのは心外だ!」
という批判は、それはまとを外してはいません。
ただし、本当にそれは、「とある思想的に偏った国語教師個人の問題」に帰してしまってよいのでしょうか。
私は国語教育の現場のことはわかりません。
でもわからないなりに、判断できることはあります。

たとえばなしをします。
たとえば、「教育科学理科教育」という雑誌があったとします。で、「水にありがとうというと美しい結晶ができます」という論文が2本のっていたとしたら、それは、理科教育が危ない。って思います。

たくさんの理科教師のなかでただの一人も、「水にありがとう」を信じてしまった人がいたり、信じていないけど道徳に都合いいからと教室の中で垂れ流してしまうひとがいない、ということは難しいでしょう。
どうしたってハマる人はハマる。
それを「理科教育全体の問題」ととらえてしまえば、それは問題でしょう。

しかし、それと「教育科学理科教育」という雑誌に「水にありがとう」論文が2本のることとは、ちがう。それは「個人的におかしい教師のしわざ」ではすまされないわけで。
その雑誌をつくるにはたくさんの人の手がかかっている。その雑誌はたくさんの人に読まれる。
あきらかに理科教育からみておかしなことを真顔でいう論文が、どうどうと「教育科学理科教育」という雑誌にのってしまって、なんの批判もよせられないのであれば。
それは一人二人の特殊な人のせいにすることはできないでしょう。理科教育全体の問題です。もう一度書きますが、これはたとえ話です。事実に基づいた発言ではありません。

では、事実に基づいた発言にもどります。
すくなくとも、『教育科学国語教育』という雑誌で「自らの内面を筆に乗せて表現」とか「丁寧に書いた字は、必ず相手にあなたのよさが伝わる」とかあやしさ満開な記事をのせてしまい、それにたいして反論記事や訂正記事が一切だされない。
この2本の論文を掲載したのは『教育科学国語教育』という雑誌です。
しかも、「国語教育ビックリトンデモ教案大特集w」とかそういう特集なわけじゃないんですよ?
「ああ、いいこといってるなあ」みたいなかんじで読まれることを期待されている論文です。

これをもって、「国語教育は筆跡と人間の内面を結びつける発言に寛容である。」と判断します。

また、その字面と人間の中身を強引に結びつけることをためらわない考え方に、筆跡学や筆跡診断を助長するおそれを指摘します。

筆跡診断がいかなるものであるかについては、おもしろいものをみつけました。

日本筆跡診断士協会のサイトより以下のページを紹介します。

筆跡診断とは?―日本筆跡診断士協会

引用します。

筆跡特徴とは
(略)

海外での状況

西洋では長い研究の歴史があり、特にフランス・ドイツ・スイス・アメリカで盛んである。フランスでは19世紀末以来、筆跡診断士(グラフォログと称する)は国家資格に準ずる資格となって、医師・弁護士・会計士等と同等の権威を持っている。

(参考外部リンク)
http://en.wikipedia.org/wiki/Graphology
http://www.graphology.ws/grapholinks01.htm


で、ここのひとつめのリンク(英語版ウィキペディア)をクリックしてみてください。

Graphology-Wikipedia, The free encyclopedia

この記事ですが、一行目にこんなことが書いてあります。


Graphology is the pseudoscientific study and analysis of handwriting especially in relation to human psychology.

「筆跡学・筆跡診断はニセ科学(pseudoscience)だ」って書いてあるページに、リンク貼ってる日本筆跡診断士協会は、あるいみものすごく良心的ではありますね……

posted by なかのまき at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ニセ科学;筆跡学